院長より
皆さんこんにちは。当院は江東病院附属の[訪問診療専門の診療所]です。訪問診療は私達がご自宅にお邪魔して診察させていただきます。病院ほどの潤沢な医療資源は使えませんが、患者さんにとっては「病院に行かなくていい」のが最大のメリット。身体的な理由や認知症などで通院がしんどくなってきたら、どうぞ訪問診療をご検討ください。
私ことになりますが、私が病院に勤務していた頃のM先生とある患者さんの話をします。M先生は相当ご年配の内科の先生でしたが、あるときその先生の外来患者さんのカルテを見る機会があり、私はそのとき、M先生の処方に疑問を持ちました。というのも、M先生はある糖尿病の患者さんに[毒にも薬にもならないクスリを]ずっと処方し続けているのです。そのクスリはもちろん一日3回きちんと飲めばそれなりに効くはずなのですが、M先生は朝1回だけ、しかも通常の半分の量で処方していて、それでは効くはずがありません。そんな処方で調子がいいのなら、その患者さんはクスリの内服自体が不要、つまり通院自体も不要ということです。私はそんな「意味のない処方」を出し続けないで、さっさと終診にしてあげたら患者さんもラクだろうにと思いましたが、まあ自分の患者でもないので黙っていました。そのうちにM先生は退職され、引き継いだ内科医師はその患者さんを病院に来なくてよいと言いました。その後しばらくして、その患者さんが高血糖で救急搬送されてくることになったのです。血糖値もガタガタになっていました。あれだけ糖尿病のコントロールが良かったはずなのになぜ!?
つまりその患者さんは「病院に定期的に通院していることで、自分が糖尿病だと認識して普段の生活でも節制していた」のです。ところが定期的な通院がなくなったことで節制もなくなり、血糖の数値も悪くなって、ついには救急搬送されてきた、というわけです。そこから考えると、M先生の「意味のない処方」には、この患者さんにはとても大きな意味があったことになります。教科書的な考えから「意味がない処方」だと思った私は医師として未熟だったと強く反省しました。うっかりM先生を批判しなくてよかったです。医療はもちろん科学的であるべきですが、それだけではだめ、もっと人間くさいものです。
病院勤務は基本的には病気を治して元気に帰すことが至上命題です。外来でフォローするとしても、患者さんの普段の生活への介入は限定的になります。訪問診療は患者さんのご自宅に定期的に訪問して、しかも制度上は「24時間管理」していることになりますので、病気を治療するというよりはむしろ[生活に介入する]ような感じになります。私は、病院で病気の患者さんを治すのもいいけれど、むしろ、病気のある人の生活全体を楽しくしてやりたいと思って訪問診療をはじめました。実際にやってみると、訪問診療は「通院が必要だけど通院が難しい患者さん」を対象としますので、必然的に急変や看取りが発生しやすいことに気づきました。考えてみれば当たり前で、私の想像力が足りなかっただけかもしれませんが、やってみるまでは実感できないものです。とくに、看取りはどれだけやっても慣れません。もちろん手順は慣れますよ、死亡診断書を作って関係各所に連絡して…。でも気持ち的にはいつも結構なダメージを受けます。まあでも、それでも続けているのは、患者さんによりよい最期を提供することにはそれなりのやり甲斐があるからです。
もともと元気な人が病気になったような場合には、いわゆる「標準医療」があって、おそらく日本のどの医療機関でも、それなりのレベルの対応をしてもらえることでしょう。しかし、人生も歴史が積み上がってくると、だんだんマニュアル通りにはいかなくなります。さきほども書いたように、[医療はもちろん科学的であるべきですが、それだけではだめで、もっと人間くさいもの]です。ちゃんと人を診て、その人に向けた治療を提案しないといけない。そうしないと「病気は良くなりましたが患者は不幸せになりました」ということになる。それではだめなのです、とくに終末期は。
病気や加齢は本質的には不幸せなものかもしれません。当院にはすべての不幸せをひっくり返せるほどの力もないでしょう。しかし、科学と法律の許す範囲で、少しでも患者さんとご家族の光明につながる医療を提供していきたいと思っています。
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